地理的表示( GI )と 地域団体商標
特産品の名称を保護する制度として、 地理的表示 ( GI )制度と 地域団体商標制度があります。
地理的表示(GI)の登録例 | 地域団体商標の登録例 |
・夕張メロン ・十勝川西長いも ・今金男しゃく ・ところピンクにんにく | ・豊浦いちご ・十勝川西長いも ・今金男しゃく ・幌加内そば |
登録例をみてみると、地理的表示と地域団体商標のどちらでも登録しているものもあります。
どちらを選択すべきなのでしょうか? それとも両方とも登録したほうがよいのでしょうか?
それでは、地理的表示と地域団体商標の違いをみながら考えていきましょう。
地理的表示と地域団体商標の違い
地理的表示と地域団体商標の違いは次のとおりです。
地理的表示(GI) | 地域団体商標 | |
保護される物 | 農林水産物、飲食料品等(酒類等を除く) | 全ての商品・サービス |
保護される名称 | 当該産品の産地を特定でき、産品の品質等の確立した特性が当該産地と結び付いているということを特定できる名称 | 「地域名」+「商品(サービス)名」等 |
登録主体 | 生産・加工業者の団体(法人格の無い団体も可) | 農協等の組合、商工会、商工会議所、NPO法人 |
主な登録要件 | ・生産地と結び付いた品質等の特性を有すること ・確立した特性:特性を維持した状態で概ね25年の生産実績があること | ・地域の名称と商品(サービス)とが関連性を有すること(商品の産地等) ・商標が需要者の間に広く認識されていること |
品質管理 | ・生産地と結びついた品質基準の策定・登録・公開 ・生産・加工業者が品質基準を守るよう団体が管理し、それを国がチェック | 商品の品質等は商標権者の自主管理 |
効力 | 地理的表示及びこれに類似する表示の不正使用を禁止 | 登録商標及びこれに類似する商標の不正使用を禁止 |
規制手段 | 国による不正使用の取締り | 商標権者による差止請求、損害賠償請求 |
保護期間 | 更新手続無し(取り消されない限り登録存続) | 10年間(更新可能) |
申請先 | 農林水産大臣(農林水産省) | 特許庁長官(特許庁) |
両者は特産品の名称の不正使用を禁止するものであるという点で共通していますが、保護される物、登録主体や登録要件などに違いがみられます。
特に、地理的表示(GI)のほうは、登録主体である団体が生産・加工業者の品質を管理しなければならないという品質管理の負担がある一方、不正使用は国が取り締まってくれるため、商標権者が自ら権利行使をしなければならない地域団体商標よりも不正使用に対する規制の負担が軽いといえます。
また、地理的表示(GI)の不正使用に対する取り締まりについては、日本国内だけでなく、国家間でお互いの地理的表示(GI)を保護するという国際的な約束が締結されることになれば、外国でも不正使用の取り締まりを行政が行ってくれることが期待できます。現在、日本は欧州連合(EU)や英国との間で地理的表示(GI)の相互保護を行っており、2022年2月時点で欧州連合(EU)では95、英国では47の日本の地理的表示(GI)が保護されています。
海外における日本のGI保護:農林水産省 (maff.go.jp)
共有財産か? ブランドか?
上記のような海外における保護が期待できる分、産品の輸出を検討している場合は地理的表示(GI)のほうが魅力的に感じますが、選択を検討するうえで重要なのは、その産品をどのようにして保護していきたいのかという点です。具体的には、「地域の共有財産」として保護(地理的表示(GI))するのか、「ブランド」として保護(地域団体商標)するのか、です。
規制の手段はさておき、どちらも名称の不正使用を禁止するものであるという点で共通していますが、制度の目的の相違から、どのように名称を保護していくのかという保護の方法に違いがみられます。
地理的表示(GI)制度 | 地域団体商標制度 |
生産地と結び付いた特性を有する農林水産物等の名称を品質基準とともに登録し、地域の共有財産として保護する制度 | 地域ブランドの名称を商標権(出所表示)として登録し、その名称を独占的に使用することができる制度 |
地域団体商標制度では地域団体商標は商標権として登録されますので、登録主体である団体が地域団体商標を独占的に使用することができ、自主的な産品の品質基準や地域団体商標の表示の仕方を定め、構成員の地域団体商標の使用を管理して、その産品をブランドとして保護していくことができます。
一方、地理的表示(GI)制度では、地理的表示(GI)は地域の共有財産となるため、登録された基準を守った正当な使用を登録主体の団体が規制することはできません。
新たに名称を使用したい者が新規参入するケースでは、地域団体商標の場合、登録主体である団体に加入する方法しかありませんが、地理的表示(GI)の場合は、登録主体である団体に加入する方法のほかに、別の団体を立ち上げて生産者団体の追加を申請することができます。
地域団体商標は一つの団体が管理してブランドを保護していくのに対し、地理的表示(GI)は基準を満たせばだれでも使える、というイメージです。
ブランドの保護においては、産品の品質の保持や表示の仕方の統一などの管理が重要です。
登録主体である団体が地域団体商標を統一的に管理できる地域団体商標のほうが、後続の生産者団体の出現なども想定される地理的表示(GI)に比べると、ブランドの保護に適した制度であるといえます。
なお、近年、農産物のブランド戦略における商標権の活用が増えており、従来品種名で流通していた果実に商標登録したオリジナルのブランド名を使用するケースも増えています。こうした動きは、商標権がブランド保護に適していることを物語っているのではないかと思います。
果実のブランド戦略にみる品種名と商標の使い分け - つじのか国際商標事務所 (tsujinoka.com)
「八丁味噌」にみる品質基準統一の難しさ
また、地理的表示(GI)は品質基準を含めて登録されるものですので、生産者団体が複数ある場合など、品質基準の統一が容易ではないケースも出てきます。
それを象徴するのが、「八丁味噌」の問題です。
「八丁味噌」は歴史のある味噌のブランドです。2017年に地理的表示(GI)として登録されたのですが、その登録を巡ってトラブルが生じています。
「八丁味噌」の地理的表示(GI)の登録主体として認められたのは「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」(構成員43社)。その品質基準は、早期に大量生産が可能な、熟成は3カ月、加熱処理、ステンレス桶の使用を認めるというもの。
他方、「八丁味噌」の生産者団体には、「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」のほかに、老舗2社が構成員である「八丁味噌協同組合」があり、同組合は、登録された品質基準とは異なる「木樽で2年以上熟成させる」伝統的な製法を採用しています。
そこで、「八丁味噌協同組合」は他業者は八丁味噌の伝統的な製法を継承していないと主張し、「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」に対する地理的表示(GI)の登録の取り消しを求めているのです。
このまま「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」だけが地理的表示の登録主体となると、同組合に加盟していない「八丁味噌協同組合」の老舗2社は商品に「GIマーク」を使用できないことになります。
なお、「八丁味噌」については、地域団体商標の手続においても両組合の協議が物別れとなり、地域団体商標として登録されていません。
まとめ ・地理的表示(GI)は・・・ 登録主体である団体に品質管理の負担がある一方、国が不正使用の取り締まりを行ってくれ、国際的な約束の締結により、外国でも行政による不正使用の取り締まりを期待することができる。 ・地域団体商標は・・・ 不正使用の取り締まりは商標権者が行う必要があるが、後続の生産者団体の出現なども想定される地理的表示(GI)に比べると、登録主体である団体が地域団体商標を統一的に管理できるため、ブランドの保護に適している。 ・どちらを選択するかは・・・ 「地域の共有財産」として保護するなら「地理的表示(GI)」、「ブランド」として保護するなら「地域団体商標」。 |
知名度の向上、海外への輸出など、地理的表示(GI)や地域団体商標の登録を検討している理由はさまざまだと思いますが、生産の実情を見極め、将来を見据えた議論を行って、地理的表示(GI)か地域団体商標を選択することが重要なのではないかと思います。