前回に続き公序良俗違反のお話です。
公序良俗違反は、法定されている個別の拒絶理由に該当しない商標でも、「これが登録されるとまずい」という場合に持ち出される理由なので、その範囲が意外と広くなっています。
そこで、今回は外国な著名な人名や題号の商標登録が公序良俗に反すると判断された事例をご紹介します。
特許庁 商標審査基準 第3 第4条第1項及び第3項(不登録事由) 六 第4条第1項第7号(公序良俗違反)(PDF:215KB) |
「ダリ」
商標「ダリ/DARI」は第3類「せっけん類」等において商標登録されていたところ、無効審判が請求され、特許庁は無効ではないとの審決が出されましたが、その後の東京高裁で、下記のとおり、公序良俗に反するとの理由で無効となりました。
平成14年7月30日 東京高平成13(行ケ)443 |
本件商標(「ダリ/DARI」)は、その構成に照らし、指定商品の取引者、需要者に故サルバドール・ダリを想起させるものと認められるところ、同人は、生前、スペイン生れの超現実派(シュールレアリスム)の第一人者の画家として世界的に著名な存在であり、その死後、本件商標の登録査定当時においても、「ダリ」はその著名な略称であったのであるから、遺族等の承諾を得ることなく本件商標を指定商品について登録することは、世界的に著名な死者の著名な略称の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、故人の名声、名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、ひいては国際信義に反するものとして、公の秩序又は善良の風俗を害するものといわざるを得ない。 |
「カーネギー・スペシャル」
商標「カーネギー・スペシャル/CARNEGIE SPECIAL」は第9類「理化学機械器具」等において商標登録されていたところ、無効審判が請求され特許庁は無効であると審決を出しました。また、これに続く東京高裁でも、下記のとおり、商標「カーネギー・スペシャル/CARNEGIE SPECIAL」の登録は公序良俗に反すると判断されました。
平成14年8月29日 東京高平成13(行ケ)529 |
デール・カーネギー(Dale Carnegie)は、1888年に生まれ、1955年に死亡した著述家、講演者であり、その名前は、辞書、人名辞典等にも掲載されている。また、1912年に、ニューヨークにおいて話し方講座を初めて開設し、その方法論に基づく講座は、現在に至るまで多くの国で実施されている。そして、その氏名が付されている能力養成・人材育成の講座も、本件商標の登録査定時において、既に日本を含めた世界の多くの国で周知となっていた、と認めることができる。 ・・・他方、「デール・カーネギー」は、しばしば「カーネギー」等と略称されることがあることから、識別力の中心は、「CARNEGIE」「カーネギー」の部分にある、ということができる。 ・・・各証拠によれば、本件商標の登録査定時当時、原告は、被告の実施している講座が、長い歴史を有し著名で、一定の評価を受けていることを十分認識した上で、自己の主要な業務に、その評価を利用する意図で、本件商標の出願を行い、その登録を受けたものと優に認定でき、不正の目的を有していたと認められる。 4条1項7号は、条文上、商品ないし役務の同一性、類似性を不可欠の要件とするものではない。前記のとおり、原告は、被告ないしそのライセンシーが、世界各国で行っている事業が高い評価を受け、著名であることを十分承知しながら、その著名性を、専らその主力事業のために利用する意図をもって、本件商標の登録をしたものである。そうである以上、本件商標の登録全体が、公序良俗に反するものとして無効になる、というべきである。 |
「Anne of Green Gables」
「Anne of Green Gables」は小説「赤毛のアン」の原題です。
商標「Anne of Green Gables」は第9類「眼鏡」等において商標登録されていたところ、無効審判が請求され特許庁は無効であると審決を出しました。また、これに続く知財高裁でも、下記のとおり、商標「Anne of Green Gables」の登録は公序良俗に反すると判断されました。
平成18年9月20日 知財高裁平成17(行ケ)10349 |
・・・本来万人の共有財産であるべき著作物の題号について、当該著作物と何ら関係のない者が出願した場合、単に先願者であるということだけによって、唯一の権利者として独占的に商標を使用することを認めることは相当とはいい難い。本件著作物のように世界的に著名で、大きな経済的価値を有し、かつ、著作物としての評価や名声等を保護、維持することが国際信義上特に要請される場合には、当該著作物と何ら関係のない者が行った当該著作物の題号からなる商標の登録は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」に該当すると解することが相当である。 そして、①本件商標は、世界的に著名で高い文化的価値を有する作品の原題からなるものであり、我が国における商標出願の指定商品に照らすと、本件著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を損なうおそれがないとはいえないこと、②本件著作物は、カナダ国の誇る重要な文化的な遺産であり、我が国においても世代を超えて広く親しまれ、我が国とカナダ国の友好関係に重要な役割を担ってきた作品であること、③したがって、我が国が本件著作物、原作者又は主人公の価値、名声、評判を損なうおそれがあるような商標の登録を認めることは、我が国とカナダ国の国際信義に反し、両国の公益を損なうおそれが高いこと、④本件著作物の原題である「ANNE OF GREEN GABLES」との文字からなる標章は、カナダ国において、公的標章として保護され、私的機関がこれを使用することが禁じられており、この点は十分に斟酌されるべきであること、⑤本件著作物は大きな顧客吸引力を持つものであり、本件著作物の題号からなる商標の登録を原告のように本件著作物と何ら関係のない一民間企業に認め、その使用を独占させることは相当ではないこと、⑥原告ないしその関連会社と本件遺産相続人との間の書簡による合意内容などに照らすと、原告による本件商標の出願の経緯には社会的相当性を欠く面があったことは否定できないことなどを総合考慮すると、本件商標は、商標法4条1項7号に該当し、商標登録を受けることができないものであるというべきである。 |
「ターザン」
商標「ターザン」は第7類「プラスチック加工機械器具」等において商標登録されていたところ、無効審判が請求され、特許庁は無効ではないとの審決が出されましたが、その後の知財高裁で、下記のとおり、公序良俗に反するとの理由で無効となりました。
平成24年6月27日 知財高裁平成23(行ケ)10399 |
しかし,独特の造語になる「ターザン」は,具体的な人物像を持つ架空の人物の名称として,世界的に一貫して描写されていて、「ターザン」の語からは、日本語においても他の言語においても他の観念を想起するものとは認められないことからすると、我が国で「ターザン」の語のみから成る本件商標登録を維持することは、たとえその指定商品の関係で顧客吸引力がないとしても,国際信義に反するものというべきである。 一定の価値を有する標章やキャラクターを生み出した原作小説の著作権が存続し、かつその文化的・経済的価値の維持・管理に努力を払ってきた団体が存在する状況の中で、第三者が最先の商標出願を行った結果,特定の指定商品又は指定役務との関係で当該商標を独占的に利用できるようになり、上記著作権管理団体による利用を排除できる結果となることは,公正な取引秩序の維持の観点からみても相当とはいい難い。 被告は、「ターザン」の語の価値の維持に何ら関わってきたものではないから、限定された商品との関係においてではあっても利用の独占を許すことは相当ではなく、本件商標登録は,公正な取引秩序を乱し、公序良俗を害する行為ということができる。 |
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